「インドの青鬼」(ヤッホーブルーイング/日本)やパンクIPA(ブリュードッグ/スコットランド)に代表されるような“ IPA ”の中にも、いくつかバリエーションがあることはご存知でしょうか。
この記事では、IPAのバリエーションについて歴史的に、網羅的に解説します!
IPAそのものについての解説記事は、世の中にたくさんあるのでそっちを見てください!(他力本願)
IPA以外のビアスタイル解説については、以下の記事を参考にしてくださいね。
この記事では、文字多め画像少なめなので、辞書的な使い方をおすすめします。以下の目次から、知りたいIPAをクリックして飛んでください!
“ IPA ”にはどんな種類/スタイルがある?解説21選
それではいってみましょう!なるべく成立時期や、スタイルを開発した人や会社を明記して解説します!
West Coast IPA
West Coast IPAは、American IPAのうちの一つで、アメリカ西海岸発祥のIPA。液体は透明で、柑橘系のアロマ/フレーバーにしっかりとした苦味を持つことが特徴です。有名な銘柄の一つに、1990年代にリリースされ、現在も人気を博しているStone Brewing(カリフォルニア州)のStone IPA、Lagunitas Brewing(カリフォルニア州)のLagunitas IPAがあります。最初にWest Coast IPAを名乗って発売したのは、Green Flash Brewing(カリフォルニア州)で、2005年に「West Coast IPA」というビールをリリースしました。
English IPA
English IPAは、イギリス産のホップを使用したクラシックなIPA。ハーバル、フローラル感を持ち合わせることが多く、やや褐色系のものが多く出回っている印象があります。有名な銘柄の一つに、Thornbridge(イギリス)のJAIPUR IPAなどがあります。
Double IPA (D IPA, Imperial IPA)
Double IPAは、通常のIPAよりもアルコール度数と苦味単位が高く設定されているIPA。ABV7.5%〜10.0%くらいで、苦味はIPAのそれに比べて1.3倍〜1.6倍くらいあるような印象です。Imperial IPAと全く同義です。アロマ/フレーバーは使用するホップによってまちまちです。発祥はやはりアメリカ西海岸で、Russian River Brewing(カリフォルニア州)の現オーナーであるVinnie Cilurzo氏が1994年に設立したBlind Pig Brewing(カリフォルニア州)で初めて醸造したとされています。
1990年代、English IPAやWest Coast IPAなど、IPAというカテゴリーの中には既に個性的なスタイルが出現していましたが、アメリカにおけるビアスタイルガイドラインにはIPAは一種類しか定義されていませんでした。市場にあるスタイルの多様性と、人為的に作成したガイドラインの間にある乖離を埋めるため、2004年頃にはEnglish IPA、American IPA、Double IPAに分けられました。
New England IPA (Hazy IPA, Juicy IPA)
New England IPA、NE IPA、Hazy IPA、Juicy IPAはどれもほぼ同じビールを指し、濁ったホップフォワードなAmerican IPAです。小麦麦芽やフレークドオーツなどのタンパク含有量の多いモルトを使用することで「もったりとした」口当たりを実現しています。パイナップルやマンゴー、パッションフルーツなどのトロピカルフルーツを想起させるようなアロマ/フレーバーを顕現させるホップが多用され、2010年代後半以降、爆発的人気を誇っています。発祥はアメリカ東海岸。2003年創業のThe Alchemist Brewery(バーモント州)が、2004年にリリースした「Heady Topper」が祖とされています。
Double Dry Hopped IPA (DDH IPA)
DDH IPAは、ドライポップに使用するアロマホップを大量に使用しているIPAです。ホップの量や割合、ドライホップの回数などは、ブルワリーや醸造家が独自に定義しているようで、統一的な見解は少なくとも現時点で見当たりません。ただ、ホップをもともと多く使用するIPAと相性がよく、DDH West Coast IPAや、DDH Hazy IPAと銘打った製品をよく見かけます。
Triple IPA
Triple IPAは、アルコール度数を10%〜12%程度まで高めた、非常に苦味が強いフルボディなIPAです。通常ドライホップを多用します。Russian River Brewing(カリフォルニア州)が2005年に発売した「Pliny The Younger」が起源に近いとされています。ちなみに2024年リリースの同ビールでは、Simcoe、Amarillo、Citra、Mosaic、Elixir、Nectaron、Warriorのトリプルドライホップだそう。
Quadruple IPA
Quadruple IPA(Quad IPA)は、Triple IPA同様にアルコール度数を10%以上に高め、ホップやモルトを惜しみなく使ったフルボディなIPAです。アルコール度数を上げるためにモルトを大量に使用すると、当然モルト由来の甘みやボディも増します。この手のIPAは、ホップをあり得ないくらい大量に使用するので、モルトとホップのバランス調整が難しいとされます。原材料を多く必要とすることから、売価は高くなる傾向にあり、アニバーサリービールやスペシャルビールという立ち位置で販売されることが多いです。Bottle Logic Brewing(カリフォルニア州)の、A Quad IPA?! In This Economy?!などが日本では有名です。
Brut IPA
Brut IPAは、2018年頃から流行り始めた非常にドライな口当たりのIPAです。醸造工程で特定の酵素を添加し、糖を分解、極限まで糖度を下げています。発祥はサンフランシスコ。2018年、Social and Kitchen Brewery(カリフォルニア州)のブルワー、Kim Sturdavant氏によって生み出され、瞬く間に人気スタイルの一つになりました。同ブルワリーは惜しまれつつも2020年に閉業、その後Sturdavant氏はPaficica Brewery(カリフォルニア州)でディレクターとして2023年まで活躍、現在はクラフトビールの一線からは離れているようです。
Single Hop IPA
Single Hop IPAは、単一のホップを使用するIPAです。通常ホップは2〜3種類使用され、アロマやフレーバーのバランスを整えますが、このスタイルでは、ホップの特徴を最大限生かすために単一のホップしか使用しません。Single Hop IPAの先駆者的位置付けにあるミッケラー(デンマーク)からは、合計で30種類を超えるSignle Hop IPAが過去にリリースされています。
SMaSH IPA
SMaSH IPAは、Single Malt and Single Hopの略で、単一のホップと単一のモルトで作られるIPAです。元々はHomebrew Talkというホームブルワーコミュニティの中で生まれたスタイルで、少なくとも2000年代には登場していました。原材料の種類が少ない分、シンプルでクリーンな味わいを持ちつつ、醸造にかかる経済的コストが抑えられるため、ホームブルワーの間で流行りました。
Session IPA
Session IPAは、目安としてアルコール度数が4.9%以下のIPAを指します。名前の由来は諸説ありますが、何杯飲んでも低アルコールなので酩酊せずに「セッション(会話)」を続けられる、というところからきているようです。アルコール度数が低いということは、発酵や発酵の結果として残る糖分の調整が難しく、モルト感とホップ感の調和が重要になってきます。したがって醸造難易度は低くありません。甘くてのっぺりとした(=発酵が不十分)テイストを感じることなく飲めたなら、そのSession IPAを醸造するブルワリーの技術力は高いといえます。有名な銘柄の一つに、Founders Brewing(ミシガン州)の、All Day IPAがあります。
Belgian IPA
Belgian IPAは、ベルギー酵母を使用したIPAで、ややドライでりんごや洋梨のような香りを持つことが多いです。日本で流通しているものとして、京都醸造(京都市)のICHII SENSHINが有名です。
White IPA
White IPAは、Belgian Wit(ベルジャンウィット)ビールをベースに、American IPAの要素を融合させたハイブリットなIPAです。オレンジピールやコリアンダーシードを用いて、ベルジャンウィット独特のフルーティさをつけ、さらにアメリカンホップでホッピングするといった手法がとられます。柑橘、アプリコット、バナナのようなアロマ/フレーバーを持つものが多い印象があります。起源は2010年、Deschutes Brewery(オレゴン州)とBoulevard Brewing(ミズーリ州)が共同で開発したとされています。有名な銘柄は、Deschutes Brewery(オレゴン州)のChainbreaker White IPA等。
Black IPA
Black IPAは、ローストした麦芽とアメリカンホップを使用したIPAです。コーヒーやナッツ、トースト感を感じる一方、しっかりとしたホップ感を持ち合わせます。生みの親は、80年代からバーモント州やニューハンプシャー州でホームブルワーとして頭角を表し、のちに複数のブルワリーを所有、数々の醸造関連の書籍を世に送り出した醸造家、Greg Noonanとされています。
Rye IPA
Rye IPAは、ライ麦を使用したIPAです。2000年代初頭から半ばにかけて人気を誇り、Hazy IPAやその他のIPAが流行るに連れて下火になりました。有名な銘柄としては、Sierra Nevada Brewing(カリフォルニア州)のRuthless Ryeがあります。
Cold IPA
Cold IPAは、ラガー酵母を使用したドライなIPAです。ラガーのキレとポップをフルーティさ、苦味を持ち合わせる比較的新しいスタイルのIPAです。Wayfinder Beer(オレゴン州)が2018年に開発し、その醸造法は世界に広まりました。製法的にIPL(India Pale Lager)と同じではないか、新しく見える名前を取って付けただけではないか、という指摘が浮上しますが、この議論に決着がつくことはないでしょう。
Milkshake IPA
Milkshake IPAは、副原料に乳糖を使用したミルキーでフルボディなHazy IPAの一つです。乳糖(ラクトース)の他には、バニラ、チョコレート、ナッツ、コーヒー、グアバ、パッションフルーツ、マンゴー、桃、ラズベリーなどを用いることがあります。酵母は乳糖を分解できないため、乳糖は発酵終了後も甘みを帯びた糖分として液体中に残ります。よって通常のIPAとは比べ物にならないくらい甘いです。このスタイルは、Omnipollo(スウェーデン)と、Tired Hands Brewing(ペンシルベニア州)が2015年に行ったコラボレーションにおいて誕生しました。
Sour IPA, Tart IPA
Sour IPAは、Sour AleとHazy IPAを組み合わせたスタイルです。煮沸中の麦汁に乳酸菌を添加し(この手法を用いない場合もある)、ジューシーなホップを用いることで、サワーでホッピーなフレーバーを作っています。起源はいくつか説がありますが、2011年にNew Belgium Brewing(コロラド州)が、Le Terroirというサワーエールをリリースしました。このビールは、Foederで熟成させたサワーエールにドライホップを施したものです。現代では、Hudson Valley Brewery(ニューヨーク州)が醸すSour IPAの数々が人気を博しています。
Raw IPA
Raw IPAは、Raw Ale(Raw=生)の製法を応用して作られるIPAです。Raw Aleとは、醸造工程中に麦汁を煮沸しない、あるいは煮沸寸前の温度で止める製法で作られたビールを指します。中世ヨーロッパでは、沸騰させる方法が限られており、このような方法が一般的でした。特にバルト海や北欧の農家のあいだで盛んに醸造されていたようです。Raw Aleは煮沸しない分、多くのタンパク質が残り、まろやかなマウスフィールとほのかな麦の甘味が残ります。世界規模で見ても商業的に生産数が少ないスタイルですが、Kunitachi Brewery(東京都)が数多くのRaw Aleを現在でもリリースしています。
Red IPA
Red IPAは、American Amber Aleにホップ感を増強したようなスタイルのIPAです。Imperial Red Aleよりもボディやフレーバーの強さを下げ、柔らかな麦の甘みを全面に出しています。スタイルとしてガイドラインで認められたのは2015年頃ですが、起源は2000年代初頭、Sockeye RedをリリースしたMidnight Sun Brewing(アラスカ州)が最も古株です。
Emerging IPA
Emerging IPAは、新興IPAと訳せます。新しく出てきたIPAと解釈して問題ありません。日本地ビール協会が編纂しているビアスタイルガイドラインの一部をそのまま引用します。
エマージングIPAはアメリカのIPA醸造の最先端を行くビールである(「エマージング」という言葉は「新興」という意味で、このガイドラインにはまだ収録されていない新しいIPAが含まれる)。たとえば、ホワイトIPA、レッドIPA、ブラウンIPA、ブラックIPA、ブリュット(辛口)IPA、その他いろいろな新種のIPA、またはそれらを混合したIPA、あるいはそれらにフルーツもしくはスパイスを加えたIPAなどである。そのほか、伝統的なアメリカンIPA、ジューシー・ヘイジーIPA、およびインペリアルIPAにフルーツまたはスパイスを加えたビールも、ここに含まれる。外観はクリアなものから非常に濁ったものまで範囲が広い。
https://beertaster.org/beerstyle/2204_detail/2204_101.html
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回はマニアックなスタイルも含めて解説させていただきました。なんとなく知っていたけど詳しい解説は読んだことがなかった、という方も多かったのではないでしょうか。この記事を通して、皆さんのクラフトビールライフがより楽しいものになれば幸いです。
ちょっと話を変えます。
筆者は、ビアスタイルという概念を、人為的に作成されたただのラベルだと捉えています。
ビールの作り方は地域や時代によってさまざまで、その地域の気候や原材料の手に入りやすさなど、その場の環境にあった醸造方法が採用されてきました。
現代より前の時代では、ごく自然発生的に様々なビールの醸造方法が確立していったと推察しています。そうして各地で色々なビールが出来上がったのち、そのビールたちを体系的にまとめる機関やジャーナリストたちが現れ、ビアスタイルという概念を作ったのです。そのビアスタイルなる概念に、すでに存在していた各地のビールを当てはめていったと考えるのが普通かと思います。つまり、ビアスタイルは後付けの概念なのです。
しかしながら現代では、概念としてのビアスタイルを先に作成し、それからビールを作るところも増えてきました。多くの場合、商品販売戦略の一環としてだと思います。例えばCold IPA。アメリカのWayfinder醸造所が提唱し、生産販売しています。文化や気候などの自然環境によって生み出されたものではなく、ブルワーのインスピレーションや有効なマーケティング手法の一つとして生み出されたスタイルだと推察しています。すなわちこれは、ビールそのものよりも、ビアスタイルという概念のほうが先行している事例といえます。
ビアスタイルを意図的に作ってビールを売ることが悪いわけではありません。ただ筆者の思うに、消費者の皆さんには、巧みなビール会社のマーケティングに扇動されないようにしてもらいたいのです。(Wayfinderが悪いわけでも、革新的なビアスタイル自体が悪いわけでもありません。)
パッケージに革新的なビアスタイルと銘打っても、価値を持つのはその液体自体です。現代のポッと出のビアスタイルを嗜むのは結構ですが、ブランドやビアスタイルではなく、液体そのものの価値を推し量りながら飲むことを強く勧めます。それが真にクラフトビールを楽しむことだと筆者は思います。
この記事ではアフィリエイトリンクを使用しています。
コメント