
「これ、ビールですか?それとも別の何かですか?」
初めてブラゴットをグラスに注いだとき、お客さんからそう聞かれることがあります。渋谷のビアバーで働きながら、ブルワリーでの醸造見習い経験もある僕が、「その疑問、めちゃくちゃ正しいんです」と答えるたびに、カウンター越しの空気がちょっと変わる瞬間が好きです。(取り扱い数がそもそも少ないので、聞かれることは稀ですが)
ブラゴットは、ビールでもあり、ミードでもある。どちらの世界にも属しながら、どちらとも違う。そんな不思議なお酒です。
この記事では、ブラゴットの基本知識から、醸造現場で感じた面白さと難しさ、現役バーテンダーとしておすすめするペアリングまで、実体験を交えながらご紹介します。クラフトビール好きな方にも、ワインや日本酒が好きな方にも、きっと「次の一杯」が変わるはずです。
ブラゴット(Braggot)とは?蜂蜜と麦芽の魅惑のビアスタイル

ビールとミード(蜂蜜酒)のいいとこ取り?違いを解説
ブラゴットをひと言で説明するなら、**「ビールとミードの中間に存在するお酒」**です。
通常のビールはモルト(大麦麦芽)を糖化・発酵させて作ります。一方のミードは蜂蜜を水に溶かして発酵させた純粋な蜂蜜酒。ブラゴットはこの両方の原料——麦芽と蜂蜜——を使って醸造します。
| 主な原料 | 特徴 | |
|---|---|---|
| ビール | 麦芽・ホップ・酵母・水 | 苦味・ボディ・炭酸感 |
| ミード | 蜂蜜・酵母・水 | 花の香り・甘さ・軽やかさ |
| ブラゴット | 麦芽・蜂蜜・(ホップ)・酵母・水 | 両方の要素が混在 |
厳密な定義としては、蜂蜜由来の糖分がモルト由来の糖分を上回る場合にブラゴットとされることが多いです。ただし元記事でも触れた通り、現代のクラフトシーンではその比率は醸造家の意図によってかなり自由に設計されています。クラフトビア・アソシエーションのビアスタイルガイドラインには、こんな記述があります。
アロマとフレーバーの両方に蜂蜜の風味・特徴がはっきりと感じられることが求められるが、過剰であってはならない。ホップのアロマとフレーバーおよび苦味は、非常にロー・レベルから非常にハイ・レベルまでと範囲が広い。
要は「蜂蜜の存在感があること」が最低条件で、あとはかなり自由。それがブラゴットの多様性の根拠でもあります。
蜂蜜を生成するミツバチがどんな花に訪れるかによって風味が変わるため、アカシア蜂蜜を使ったものは華やかに、そばはちみつを使えば深くてアーシーな印象になる。さらにラズベリーやブラックカラントなどのフルーツ、ハーブを加えたものも各地で醸されています。デザートワインのような口当たりのものから、サワーエールに近い酸味のあるものまで、フレーバーの幅は驚くほど広いんです。
ミード(Mead)そのものについて詳しく知りたい方は、滋賀県のクラフトミーダリー「ANTELOPE」さんの記事が非常によくまとまっているので、ぜひ参照してみてください。
ケルト神話にも登場?ブラゴットの歴史とロマン
イングランドの物語集『カンタベリー物語』(ジェフリー・チョーサー著 1476年初版)によれば、既に12世紀ごろには、ケルト人の間でブラゴットが飲み交わされていたようです。
ブラゴットの歴史は、驚くほど古いです。
ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』(1476年初版)には既にその名が記されており、12世紀ごろにはケルト人の間で飲み交わされていたとされています。中世西ヨーロッパで広く親しまれ、今日のウェールズでは一般的な飲み物として知られているほど。
ホップが広く使われる以前のビールはグルートと呼ばれるハーブで香りづけされていて、蜂蜜との組み合わせは当時の醸造家にとってごく自然な選択だったのでしょう。その後ホップが主流になるにつれ、ブラゴットは表舞台から姿を消しました。
それが再び脚光を浴びたのが、2000年代以降のクラフトビール・クラフトミードブームです。「歴史の中に埋もれていたスタイルを現代に蘇らせたい」という醸造家たちの探求心が、ブラゴットをグラスに呼び戻しました。
最古のビアスタイルのひとつが、今まさにクラフトの最前線で飲まれている。このロマンが、僕がブラゴットに惹かれる理由のひとつです。
蜂蜜と酵母、意外と難しい関係

あるミードの醸造所を見学したとき、醸造担当の方がこんなことを教えてくれました。「蜂蜜は、一度に全部入れちゃダメなんですよ」と。
濃度が高すぎる糖分の中では、酵母がストレスを受けて働きが鈍くなる。最悪の場合、発酵が途中で止まってしまう。だから蜂蜜を少量ずつ複数回に分けて加える「ステップフィーディング」という手法が使われるそうです。
さらに蜂蜜には天然の抗菌成分も含まれているため、酵母との付き合い方がビールの麦芽糖とは全然違う。「ビールの醸造より、蜂蜜の方がよっぽど気を使う」という言葉が印象的でした。
バーでブラゴットを提供するたびに、このグラス一杯の裏にある繊細な判断を思い出します。
ブラゴットはどんな味がする?ビアバー店員のおすすめペアリング
合わせるならこの料理・おつまみ!
「どんな味ですか?」と聞かれたとき、僕はこう答えます。「蜂蜜の甘さと花の香りが先に来て、あとからビールのコクと余韻が追いかけてくる感じです」と。
ブラゴットのフレーバーを整理するとこうなります。
- 甘み:蜂蜜由来の柔らかい甘さ(辛口仕上げでは抑えられる)
- 香り:花(アカシア・クローバー・マヌカなど蜂蜜の品種による)
- ボディ:麦芽由来のふくよかさ・キャラメルやチョコレートのニュアンスが出ることも
- 余韻:ホップを使ったものは軽いビター感、サワー系は爽やかな酸味
この複雑な構造が、ペアリングの幅を広げてくれます。
チーズとの相性は特に抜群です。 ブルーチーズやウォッシュタイプのような個性の強いチーズと合わせると、ブラゴットの甘さと花の香りが塩気や癖を包み込んで、互いを引き立て合います。
パテ・ド・カンパーニュや鴨のリエットのような脂肪分のある肉料理とも非常によく合う。これは僕が将来バーで出したいと思っているペアリングでもあって、粗挽き肉の旨味と蜂蜜の甘さ、麦芽のコクが三つ巴になる感覚がたまらないんです。
甘口のブラゴットなら、ハチミツがけのリコッタチーズやフルーツタルトのようなデザートとの相性も面白い。
辛口仕上げのブラゴットは、スモークしたナッツや生ハムと合わせるのが僕の個人的なお気に入りです。燻製の香りとコクが蜂蜜の甘さと共鳴して、全体がまとまる感覚があります。
「ビールは苦手で……」というお客さんにも、ブラゴットは意外とすんなり受け入れてもらえることが多い。ワインや日本酒の感覚で飲めるくらい、間口が広いんです。
国内外で飲める!おすすめのブラゴット銘柄
元記事でも取り上げていた**Cloudwater(イギリス)の「Race Your Own Heart」**は、国内でも入手できるブラゴットのひとつです。インポーターはインビアーズさんで、ボトルショップや一部のクラフトビール専門店で取り扱いがあります。
Cloudwaterはイギリス・マンチェスターを拠点にした世界的に評価の高いブルワリーで、実験的なスタイルにも積極的です。ブラゴットにおいても、蜂蜜の使い方の丁寧さが飲んでいてよくわかります。
国内では、ブラゴットを手掛けるブルワリーは少しずつ増えてきています。クラフトビールイベントやこだわりのボトルショップで見かけたら、迷わず手にとってみてください。ラベルに「Braggot」「Honey Ale」「Mead Ale」などの表記があるものが目印です。
まとめ:最古で最新のビアスタイルを、ぜひ一度
ブラゴットは、人類が最も古くから使ってきた醸造原料——蜂蜜と麦芽——を組み合わせた、歴史的にも味わい的にもユニークなビアスタイルです。
「ビールは自由で多様なものであるべきだ」と以前から思っていて、ブラゴットのようにビールと他の飲み物の境界線上にあるスタイルが、もっと日本でも広まってほしいと思っています。それが日本のクラフトビールシーンの豊かさにつながると、今も信じています。
醸造の難しさを知っているからこそ、グラスの中の一杯がどれだけの判断の積み重ねでできているかが想像できる。そしてそれがわかると、味わいがもう少し深く感じられるようになる。
2028年に開こうとしているバーでは、ワイルドエールを主軸にしながら、こういった珍しいスタイルも積極的に取り上げていくつもりです。「知らなかった美味しさ」と出会える場所を作りたい。そんな想いを持って、今日もカウンターに立っています。






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